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昭和の洋画

大正末から昭和初期の洋画家たちは、より新しい画風、より新しい芸術を求めるようになった。その中心的な団体は二科会であり、そこではモダニズムを中心とした展開を見せた。モダニズムとは「大正末期から昭和初期にかけての新感覚派・新興芸術派などにみられる文学・芸術上の一連の運動」(『大辞泉』小学館より)であるが、もっと広義にはこの時期に「西洋文化を受けて流行した独特の思想と風俗」でもある。モダンであることは、西洋であり、最先端である思潮である。そうした時代の風潮と日本洋画の発展が相まって、より洗練された画風への転換が二科会で行われた。古賀春江や東郷青児はシュールレアリズム的なアプローチで、吉原治良や山口長男は抽象的なアプローチで示した。そして小出楢重の示した画風は関西に絶大な影響を与えただけでなく、日本のモダニズムの代名詞的な存在となった。

モダニズム系の画家たち

個性溢れる二科会

官展への反発から生まれた二科会だったが、画家たちはそれぞれの個性を強めていく。洋行帰りの画家たちが新しい画風を二科展に旋風を吹き起こす。1928年佐伯祐三、1934年藤田嗣治らが帰国すると特別陳列された。個性溢れる画家たちは二科会という枠すら窮屈に思うようになる。彼らは1930年協会や独立美術協会など新しい集団として独立したり、所属団体を移動していく。


関西モダン(信濃橋研究所系)

1924年小出楢重、黒田重太郎国枝金三、鍋井克之が大阪に信濃橋洋画研究所を設立。 二科会にとっても、日本洋画のモダニズムにとっても重要なだった。


シュールレアリスム

東郷青児と古賀春江も初期二科会の重要画家だ。東郷青児はフランスでキュビズムや未来派を吸収し、大衆化を目指した。古賀春江は、アクションなど前衛美術を取り入れながら、「海」など昭和を代表する作品を発表した。

シュールレアリズムの別の系譜として、1939年に創立した美術文化協会がある。こちらは独立美術協会から福沢一郎らが脱退して成立した集団である。


新感覚派

1933(昭和8)年に二科会で特待を受賞した岡田謙三や翌年同賞の島崎鶏二は「二科会の新鋭」とされた。構成的なアプローチではなく、詩的なアプローチを全面に押し出す画家たちが活躍した。※特待=一般応募の最高賞



田中淳『日本の近代美術4~新思潮の開花』(1993)大月書店
高階秀爾『岩波・日本美術の流れ6~19・20世紀の美術』(1993)岩波書店
『近代日本美術事典』(1989年)講談社
『20世紀物故洋画事典』(1994年)美術年鑑社